介護職となり10年目を振り返り思うこと

今回の記事は誰かの悩みを解決するようなものではなく、自分自身の介護職として2022年9月で10年経ちましたので振り返りの記事になります。

介護職になろうとしている方や介護職1~2年目の方に少しでも役立てば幸いです。

・介護職10年目を迎えて思うこと
・介護職になろうとした理由や想い出
・介護現場での現実

介護職になろうと思った理由

私の経歴ですが高校は建築学科、大学も最初は建築学科でしたが上手くいかず情報デザイン科で4年間学びました。情報デザイン科では工業系のCADやイラストレーターが使用するフォトショップを使用したりしました。大学3年からはユニバーサルデザインを専門にして誰でも使いやすくシンプルなものを意識して学んできました。

そんな私が介護職に?と思うかもしれませんが、大学卒業後はIT会社に3年間勤め、プログラミングが向いていないと思い大学の頃から介護の仕事に興味があり介護職に転職しました。

当時の介護職に関してのイメージは、

  • 給与が少ない
  • 将来無くなることがない職種
  • 汚い、きつい、危険

私の祖母、祖父の事は好きでしたし、高齢者と接することは嫌いではありませんでした。また、将来性を感じたのもあります。給与は少ないけど無くなる職種ではないので定年まで長く働けるというのが大きかったです。

当時、介護職に転職する時は結婚をしようとしていた時期なので嫁からは給与の面で反対されましたが、押し切りました。結婚取りやめになるかもしれないと修羅場になった時もありましたね。

介護職10年目となり利用者様との想い出

この10年間はたくさんの出会いと別れがありました。

利用者様で10年間いらっしゃる方は1名だけで、他の利用者様は他の施設や入院されたりお亡くなりになりました。

その中でも、良い想い出だけではありませんが3名が印象に残っています。

  • 暴力行為があり喜怒哀楽が激しい男性利用者様
  • 心臓マッサージを初めてした利用者様
  • せん妄があり常に怯えており介護拒否、暴力行為、唾を飛ばす女性利用者様

暴力行為があり喜怒哀楽の男性利用者様

介護職となり入職した際に入居されていた利用者様で、本当に喜怒哀楽が凄いなというのが第一印象でした。

車椅子でトイレは2人介助でしたが、トイレの前までは「いつもありがとう」など笑顔で言われ、移乗で抱えると暴力行為がありお腹を殴られたり最初の頃は顔を殴られたこともありました。

入浴介助もお風呂は好きでない方で、特に頭にお湯がかかtると「殺す気かぁ」と言われシャワーを取られ職員にお湯をかけられたりと本当色々ありました。

10年前は暴力行為があるからといって薬で抑えるということは私の会社だけかもしれませんがありませんでした。常に不穏であれば別ではありますが。

少しずつ認知症も進み最後は施設での見取りを家族が希望され見取り支援をさせていただきました。

今でも鮮明に覚えていますが、お亡くなりになったのがデイサービス中で歌レクをする時間で最後に届けばとお好きだった歌を利用者様全員で歌いました。

心臓マッサージを初めてした利用者様

こちらの方は戦争を経験しておりいつも「ラバウルに行ったんよ」など言われ毎日帽子をかぶって生活していました。

鼻歌を歌われながら施設内を徘徊することが多く、職員をみつけると笑顔で挨拶してくださってました。

状態は少しずつ落ちていき、夕食の後の19時頃に車椅子に座っている状態で呼吸をしていないことに気づき床に移し、心臓マッサージを初めて行いました。

心臓マッサージをした直後に肋骨が折れる感触がありましたが、必死に心臓マッサージをしました。年に2回心臓マッサージの研修をしてましたが、いざ実際に行うとなると上手くできているか分からないけど必死に救急隊がくるまで続け、今でもその時の状況は鮮明に覚えています。

せん妄があり常に怯えており介護拒否、暴力行為、唾を飛ばす利用者様

施設に入所されてから、常に怯えており職員が傍に通るごとに怯えてしる感じがあり、声掛けすると「殺すきかぁ~あっちいけ」と言われる方でした。

今、思い返すと最後まで不安な気持ちのままで生活をされていたので、もう少し穏やかな暮らしができるようにお薬調整してあげれたらなと思います。

当時は私も入社1年目でしたから、知識も経験もないため先輩職員のアドバイスを聞きながら対応していましたが、もっと背景を考え何故この人はこんなに怯えているのか原因がどこかに無かったのかと反省しています。

トイレや入浴介助などは拒否も強く爪でひっかかれたりもしたし、よく唾をかけられました。

昔は暴言、暴力行為なんて日常茶飯事でした。いまは認知症の方が増えているということや在宅で介護されている方が増えたのでお薬である程度はコントロールする時代になっています。

介護施設では感染症が発生した時が大変

 

介護施設は感染症が発生してしまうと1番大変です。普段と同じような流れで仕事はできず、常に臨機応変で日々対応が変化していくので情報共有が困難になってきます。

今ではコロナウイルスですが、少し前まではインフルエンザ、ノロウイルスと冬場が来ると毎年大変な思いをしていました。

今回、私の施設でクラスターが起き過去一で大変でしたが、現場としては嘔吐する利用者様が2名しかいなかったのでまだ良かったです。

感染症で亡くなる方もいますし、冬は風邪で体調を崩す方も多いですし嫌ですね。

感染症で嘔吐がある時はめっちゃ大変

感染症で何が大変かと言うと、感染拡大しないように努めたり、バイタルを定期的に測り高熱がでたらカロナールで対応も大変ですが1番は嘔吐です。

嘔吐があると洋服を全て替えないといけないですし、適切に対応しないと嘔吐物から感染が広がる可能性もあります。1日に何回も嘔吐する場合もありベッド上での更衣は拘縮のある利用者様もいるのでとても大変です。

1人でも嘔吐の症状がある方がいると大変なのに、これが増えると現場の負担は増えてきていつ嘔吐があるかわからないのは大変です。

コロナウイルスのクラスターで大変だったこと

コロナが先日終わりましたが、お亡くなりになった利用者様や入院中の利用者様、療養期間が終わっても食事水分困難で酸素と点滴の方がいます。

療養期間が終わっても、食欲が低下していたり、体操レクなどできなかったから下肢筋力の低下から歩行器だった方が車椅子になってしまったりしています。

大変だったのは、コロナがでて最初の2日間は陽性になった方が高熱で食事を普段本人様で召し上がれる方が食事ができなく、介助が必要になりました。普段より1時間半くらいも食事介助に時間がかかりました。

  • 朝食9時 → 10時半
  • 昼食13時 → 14時半
  • 夕食17時半 → 19時

食事が終わったらトイレ誘導ですが、時間が遅れてしまう分だけ失禁してしまっているケースも増え更衣するのも普段のトイレ介助より時間かかり、終わったと思ったら水分提供する時間がなく昼食介助と休む間もない勤務になってしまいました。

職員も日々陽性になって、急なシフトの変更をしたり休日出勤をしたり陽性になってない職員は6勤以上が当たり前に

最終的に利用者様はほぼ全員、職員は6割陽性になってしまいました。

私も現場に常に入る状態なので情報共有まで上手くできず申し送りノートに状況を書く体力もなく口頭での伝達のため不十分なことが多々あり職員の疲労も重なり普段揉めないような事でも揉めたりすることがありましたね。

コロナが落ち着きましたが、管理者という立場上、運営していかなくてはいけないので売上も考えなくてはいけません。

陽性の間はデイサービス使えないので、介護保険の単位が取れないためデイサービスの日程調整したり今もしています。臨時の対応で施設職員が介助することで訪問介護として介護保険を使うこともできましたが、陽性の利用者様が多すぎてご家族様に必要なサービスの説明と同意、担当ケアマネにもプランに追加してもらわないといけないため時間なくこの臨時の制度は利用できませんでした。

職員には凄く凄く大変な労働をしてもらったのに、介護保険の単位が使えないと売上は減るので臨時手当も会社には言いにくいですし自分自身の中で矛盾していました。クラスターの中で感染するリスクがある中、普段以上にきつい仕事をしてもらったけど手当で還元してあげれない。特別指示で医療保険で取れていますが、それで普段と同じくらいの売上の予定です。賞与で評価してもらえたらと考えています。

離職率が高く職場によって雰囲気は全然違う

介護職は働く場所によって雰囲気は違うため、合う合わないがあります。

デイサービスが合うかたもいれば、レクやコミュニケーションが苦手だから夜勤で自分のペースで仕事をしたい方とかですね。

介護職だけでなく看護、ケアマネなど様々な職種の方がいるので他の職種との関係も大切ですね。

10年間の間、多くの職員が入ってきましたが早い方は半日で退職される方もいますし1ヵ月くらいで辞める方が多いです。

体感は正規職員は1年以上続くのは3割程度で、パート職は6割くらい続く印象です。パート職は子育て中の女性が多く、介護現場は人手不足というのもあり人手を確保するため本人の希望の時間やペースで働いてもらうので働きやすいように感じます。

また、これを言うとクレームがありそうですが男性で未経験の方は長くは続かないです。他の職種の面接をしたけど落ちて働くところがなくて来られる方が多い印象です。想定よりも仕事がきついというのと、排泄の介助で挫折する方もいます。また女性が多いので女性職員とのコミュニケーションが取れないと厳しいです。

男性職員はちょっとしたことで、女性職員から言われたりすることもあるので女性の気持ちや考えを理解し、自分だけで決めずに女性職員に相談するようにしています。男性の考え方と女性は違いますので。

介護職・利用者様は女性が多いのでコミュニケーション能力は必要

利用者様も職員も女性職員が多いですし、チームで介護をしていくのでコミュニケーション能力が大切です。

年齢も幅広く20代~60代の方がいますので、最初は共通の話題を探したり大変かと思いますがこの経験は介護以外の仕事をするとしても役立ちます。

私は元々、人見知りの性格ですが10年も働いていると自分より若い人の対応は悩むことありますが年配の方と接することは苦ではなくなりました。特に家族様は50~60代の方が多いので、人生経験や知識とか私より多く持たれている方々なので状態を説明したり理解してもらうのに悩まされることも多かったです。

他職種との連携、上下関係を円滑に行うのは難しい

介護職との連携だけでも大変なものですが、そこに看護職とのやり取りも入り先輩後輩もあるので難しいです。

私の中では看護がしっかりとしている時は全体がスムーズにいきます。

看護職は大切なポジションで看護から介護に介助の指示など出しますし、主治医、家族やケアマネにも今の状況を伝える時がある立場です。

介護と看護で溝ができてしまうとチームでの良い介護が難しくなってしまいます。

介護職の給与は高くないが生活できないほどでもない

介護職は底辺の業種と言われていますが、給与はその通りで売上げは介護保険が頼りになっているので上限が決まっているため大きく増えることは見込めません。

これから高齢者は増えていき国が負担する保険料が増えていくため介護職への処遇改善をいま以上には財政的に難しいと考えています。高齢者の負担割合を増やしたらという声もあるかもしれませんが、両親の年金や貯金で足りない分を子供が負担するということになってくるとそれはそれで大変です。

ただ、10年前と比べると処遇改善で増えており介護職員の待遇は良くはなっています。

我が家は共働きですので、生活には苦労はしていませんが4年前まではある分だけ使っていたので貯金はない状況で、子供が産まれて将来を考えていく内に資産を増やすように意識しています。

私の収入は毎月手取りで最初は13万程度で、今は管理者というのもあり増えましたがそれでも20万程度です。夜勤したり休日出勤などで変動はあります。

家計を見直すと無駄な部分が見えてきて、将来のライフプランを作り今後大きな収入の増加はないため副業を始めるようにしました。副業しなくても嫁も私と同じくらいの給与なので、日常生活は問題ないです。ただ将来年金が今より減るでしょうし、60歳なってからも働かないと生活できないという資産状況は嫌なので始めました。

嫁は副業への理解はなく反対ですが、子供達の教育で自由に子供に大学など選択できるようにしたいという事を伝え副業をさせてもらってます。

低年収の介護職だからこそ家計を見直し投資や副業は必要

介護職は200~400万程度の年収で低年収です。

でも、私は介護が好きで利用者様と接することは楽しいし、昭和の時代のことなど沢山の事を学ばせていただきました。戦争を経験している方からの話しは学校の授業で聞くのとは全然違います。管理者は収入に見合ってないから長くはしたくないけど、定年まで介護現場で働きたいと考えてます。

低年収だからこそ家計の見直しは必要です。特に下記のだけは見直しすと大きく変わります。

  • 携帯電話を格安SIMかahamoなどにプラン変更
  • 保険の見直し。1人月2,000~5,000円程度が妥当
  • スマホ決済を使う。コンビニは三井住友ナンバーレスで5%還元

私の副業は主にはせどりになっています。ざっくりの収益はこのくらいです。副業で得た収益は好きなトレカ投資やNISAに回しています。

  • ブログ:サーバー費を考えると利益なし
  • せどり:月5万円程度
  • アフィリエイト:月6,000円程度

まとめ

長々と書いて自由に書いてみました。

普段の記事は読者に読みやすくを意識していますが、今回は自由に書いてみました。

現在介護をしている方や今後介護をしようとしている方の先輩として参考になれば幸いですね。

若い方は資産運用は今後必要不可欠だと考えており、介護職の収入だけで生活というのは現実的に難しいので何かしら行動をすることが大切です。

実際につみたてNISAや高配当株式投資をすることで、資産は増えており複利の凄さを実感しています。

介護職だけでないですが、人間性を高めていくことを日々意識していますね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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